2011年8月10日水曜日
ツール と 探すべきもの
私のリトリートに来る方には、始めに「暗闇を見ている自分に気がつくように」と言う
これがツールである
自己確立する為に、目覚めたもの達がいろいろなツールを使った
呼吸の合間を探れ
私と連呼しろ
等々
これらは、皆ツールである
ツールは、何かを伝える為にある
例えば、貧弱な男に
自転車に乗るように
ジョギングするように
水泳するように
といろいろなツールが与えられる
では、実際にはこっらのツールは何を指し示しているのか
それは、その貧弱な男の身体を改善すること
筋肉を調整し、呼吸器を調整しするなど
わかるだろうか?
水泳することが目的ではない
ジョギングが目的ではない
では、自己確立の途上で与えられるツールは何を指し示すのか
もしくは、ツールを使って「何を探すのか」
よくよく肝に銘じておく必要がある
このポイントをはき違えると、貴方の目的はツールになってしまう
2011年8月6日土曜日
内側の葛藤
内側で、葛藤が起こる
人と話して何か気になることを言われる
それは、相手も気になっている点
内側で思考が、感情が巡る
「何言ってんだ、こいつ・・・・」
相手は、何食わぬかをしている
で、気がつく
相手も、内側で
「なんだこいつ勝手なことばっかり言いやがって」等など、思っている
わかりますか?
自分もあいてに「それは、良い考えですね」などと言いながら
内側では「何言ってやがると」思っている
あいては「なるほど、こうするとよいんですね」などと言ってくる
しかし、自分と同じように内側では・・・
このばかばかしさに気づくこと
そうすると、自分の内側での葛藤が沈まります
ばかばかしさに気づくこと♪
本気でそのばかばかしさに気づくこと
2011年8月5日金曜日
恐怖
我々は、思考や行動の基準を恐怖においている
もしくは、恐怖が我々の思考や行動の基準になっているといってもよい
我々は、生まれると恐怖を覚え込まされる
赤ん坊の時、我々は自分で自分の身を守ることができない
食事、安全な寝床、排泄などなど
これらを他に依存している
この依存を利用して、恐怖を刷り込まれる
これが、我々の思考や行動の源になる
自分の思考や、行動をよく眺めてみるといい
そのほとんどが、恐怖に根ざしている
瞑想を通して、我々はこの恐怖を見る
自分自身に留まることで、思考や感情を見、元となる恐怖を見ていく
その後、実生活において、この恐怖を体験する
つまり、恐怖が思考や行動の元になっていることを実際にみる
瞑想の時ではなく、実際の今までと同じ行動の中にそれを見付ける
このとき、貴方は恐怖を超え始める
2011年8月3日水曜日
マインド と エゴ
マインドとは、何か?
我々の頭の中で繰り広げられていること
何かを考えること ・・・ 思考
情報に対する心の揺れ ・・・ 感情
本質を見抜き方向性を提示する ・・・ 知性
これらを統括的に使っているのがマインド
もしくは、これら全てをくるんでいるのがマインド
エゴ、それは私に関わる何か
「私が・・・」 「私が・・・」
「私の・・・」 「私の・・・」
これらは、悟った後も我々と共に存在する
もし、マインドがなくなったら、貴方はどうやって生きていくのだろう
動くことすら、ままならなくなるだろう
もし、エゴがなくなったら、貴方はコップを使うことさえ出来ないだろう
悟った後は、それらとの関わり方、そしてそれらの有り様が変わる
ここでちょっとした小話
列車に覚者が乗っていた
そばに居た人が「貴方は本当に悟っているのか? 何故荷物を持っている?」
すると、その覚者は列車が橋にかかると、荷物を谷底に投げてしまった
では、なぜこの覚者は、自分の荷物を持っていたか
彼は、自分が旅する上で、あると便利な物を持ち歩いていた
それは、彼にとって、良いと思われるのであった
しかし、物に執着しているわけではない
そして、この隣人の思考を停止さす為に、彼は荷物を投げた
2011年8月2日火曜日
Oneness と 絶対
Onenessとは、自他の区別がなくなること
貴方と貴方以外の物を隔てる境界線が消えること
絶対、それは貴方自身の分離がなくなること
貴方を見ている(感じている)貴方と、見られている貴方を超えること
そこには、ただ一つのエッセンスが「在ること」だけが存在する
2011年7月29日金曜日
外側、内側の外、内側
瞑想を始めると、「外側の世界」とか「内側の世界」等という言葉を聞く
外側の世界とは、我々が生きているこの物質世界のことである
では、内側の世界とは、目を閉じたとき顕れる内面の世界のことである
ここまでは、通常の精神世界で言われていることである
しかし、実際はこれだけではない
というか、これではあまりに不完全である
内側(内面)の世界にも実は外側と内側が存在する
外側の世界に「自分」と「自分以外」があるように、内側の世界にもこれが存在する
つまり、外側の世界、内側の外、と内側の内(自分自身)がある
貴方が目をつむった時、貴方は暗闇を見るだろう
ここには、暗闇とそれを見ている貴方自身が存在している
つまり、内側の貴方以外(暗闇)と内側の貴方が存在するのだ
貴方は、内側の世界に入り、そこに居る自分に気がつかなければならない
外側の世界とは、我々が生きているこの物質世界のことである
では、内側の世界とは、目を閉じたとき顕れる内面の世界のことである
ここまでは、通常の精神世界で言われていることである
しかし、実際はこれだけではない
というか、これではあまりに不完全である
内側(内面)の世界にも実は外側と内側が存在する
外側の世界に「自分」と「自分以外」があるように、内側の世界にもこれが存在する
つまり、外側の世界、内側の外、と内側の内(自分自身)がある
貴方が目をつむった時、貴方は暗闇を見るだろう
ここには、暗闇とそれを見ている貴方自身が存在している
つまり、内側の貴方以外(暗闇)と内側の貴方が存在するのだ
貴方は、内側の世界に入り、そこに居る自分に気がつかなければならない
2011年7月28日木曜日
思考に巻き込まれる
精神世界の本などに「思考に巻き込まれないこと」というフレーズが出てくる
我々は、思考に巻き込まれて後、思考に巻き込まれていたことを知る
それは、マインドそれ自身の能力による
マインドは、思考に巻き込まれながら、思考に巻き込まれている自分人身(マインド)を見つめる間隙をその機能として持つ
これ故、我々は、思考に巻き込まれていたことに「はっ」と気づく
そして、自分が思考に巻き込まれていたことを知る
では、思考に巻き込まれない為には、如何にすれば良いのか
それは、思考や感情にエネルギーを注がないことである
これも、よく言われていることだ
では、感情や思考にエネルギーを注ぎ込むとは、どういうことか
それは・・・
それは、思考や感情のストーリーに自発的に参加していると言うことだ
我々は、自分から進んで、思考や感情のショーに参加している
例えば、帰りの電車で「昼間課長に怒られたことが思い出される」
すると・・・
我々は自発的に、この感情に参加する
「課長のあの言い方はひどいよな」などと・・・
これに参加しないこと
自分から、巻き込まれに行かないこと
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